大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る
小さいながら見所いっぱいのフリック・コレクション(ニューヨーク)
「ボクのお気に入り美術館ベスト5」で始めた連載だったが、とても5館では足りないので、シリーズを延長します。
世界一の富める国アメリカには、世界的な美術館がいくつもあります。ニューヨークのメトロポリタン、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーは、その代表でしょう。にもかかわらず、ボクがこの小さな美術館を選んだのは、“趣味だから”という他ありません。このフリック・コレクションは、その名の通りアメリカの鉄鋼王、ヘンリー・クレイ・フリックの個人的コレクションで、その意味ではイギリスはロンドンのウォレス・コレクションや前回のクレラー・ミュラーに似ています。個人の蒐集ですから、その人の趣好や審美眼とボクのそれの波長が合う必要があるのは、いうまでもありません。
フリックの最大のコレクションは、ロココの巨匠フラゴナールの代表作「愛のなりゆき」でしょう。これは4部作で、1915年にフリックは、これを125万ドル(現価にして約1億2800万円!)で手に入れました。それだけでも驚きますが、フリックはこの絵にふさわしいロココ風の部屋、装飾に何と500万ドルをかけたと言います。われわれは現在その雰囲気の中で、この連作――そしてロココの世界に浸れるのです。
意外なことに、ここにはフェルメールが3点もあります。その一枚は「真珠の耳飾りの少女」とともに、珍しい黒バックの作品「女主人と召使」です。召し使いのもつ手紙と二人の表情から、いろいろ想像させる、いかにもフェルメールらしい絵です。一方「士官と笑う娘」は珍しいもの。オランダの風俗画でこのカップルは、通常売春宿の風景なのですが、これはいかにも明るくて、そんな感じはしません。初期作なので、まだ進路に迷っていたのでしょうか?
比較的新しいところでは、ターナーの「モートレイクの公園」(早朝)があります。ターナーはこのシーンを2枚画いていて、もう一方の夕方の絵は、ワシントンD.C.のN・ギャラリーにあります。ニューヨークから近いですから是非行って両方見て下さい。朝と夕方の違いは、「影」でよく解ります。そして夕方の方には、真ん中に犬が一匹居ます。これは展覧会当日、「この絵は何かが欠けている」と言って、親友の動物画家ランドシアが、描いて張りつけたものです。怒ってはがすどころか、ターナーはその上からニスを塗って、固めてしまったそうです。面白い話ですね。尚フリックから通りを横切れば、メトロポリタンです。便利でしょう!!