大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る
世界有数の個人コレクション、ティッセン=ボルネミッサ美術館
賢明な読者はすでに、このショート・エッセイのシリーズが、必ずしも「世界十大美術館」を取り上げているのではない事に、気づいておられる筈です。今回で9回目なのに、ルーヴルもプラドも出て来ないのは変ですものね。そうです、ボクはわざとそうしたのです。それらの大美術館は少なくとも3日くらいかかるからです。もっと小さくて1日あれば全部見られて、内容の充実しているところを取り上げました。大美術館については将来必ず書くつもりです。
という訳で、マドリードに行ったら、プラドの斜め前にあるティッセン=ボルネミッサ美術館を訪れてみましょう。ここは交通の便もよく、簡単に行けますし、ティッセン=ボルネミッサ男爵夫妻のコレクションは、個人のものとしては世界有数です。入場券を買ったら、まずエレベーターで3階へ行ってください。そして年代順に作品を見ながら歩いて降りて来るのです。
3階のルネサンス作品では、何といってもカルパッチオの「風景の中の若い騎士」が見ものです。いくら眺めていても、この絵の意図するところは掴めません。ただ細かく描かれた動植物を見て感心するのもいいでしょう。16世紀初頭のイタリア人画家は、この時期にしては珍しい装飾的な画風です。何回行っても新しい謎(例えば騎士は剣を抜こうとしているのか、おさめようとしているか)にぶつかって楽しめます。
2階では、エル・グレコの「受胎告知」が有名ですが、ボクの好みはムリーリョの「聖母子と聖女ロザリナ」です。17世紀スペインの美女をモデルにした、この人の聖母が可愛いのは有名ですが、ここでは聖女も幼児キリストも可愛いのです。カラヴァッジョの「聖母カタリナ」は、一般の町娘をモデルにしていて、妙な現実感があります。
新しいところでは、断然ピカソの「鏡をもつアルルカン」でしょう。キュビズムを経て新古典主義時代に入ったピカソの代表作と言って良いでしょう。同じ年(1923年)に彼は、アルルカン(イタリア喜劇に出てくる道化師)を3作残しています。パリの近代美術館にあるものは、正面を向いて思いつめたような表情をしています。スイスのバーゼル美術館で見たものは、やや放心したような顔で、斜め上を向いています。そしてこのティッセンのは、鏡を見ながら髪を直している、まさに男のナルシズムですね。尚1階のカフェは改装されて、おすすめです。