大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る
人生最大の達成感
ボクの78年の人生の中で、最大の達成感を味わっています。それは最高視聴率を取ったことでもなければ、クラブチャンピオンになったことでもありません。ダイヤモンド社から上梓しつづけていた「大橋巨泉の美術鑑賞ノート」シリーズ5巻が完成したのです。5年前にこの「大それた」執筆を始めた時も、実は完走する自信はありませんでした。すでに70代に入っていましたから、途中であの世に行ってしまう可能性だってありました。
その上、「この眼で見て書く」を宣言していましたので、毎年世界中の美術館、教会、修道院などを廻りました。おそらく今まで出版された書籍の中で、「最も元手のかかっている」本のひとつだと思います。特に第5巻は、もともとこの人について書きたかったゴッホが居たので、何回も同じ美術館に通いました。そしてもしかしたら今までのゴッホ論と違うものが、書けたかもしれません。
とにかく素人のボクが独断と偏見で書いたのですから、他の美術書にない意見も多かったはずです。第1巻のレオナルド・ダヴィンチにしてから、『岩窟の聖母』は、“何かゲームをしている”と思ったり、『受胎告知』に画かれている木は、南太平洋のもので、恐らく本で見たのではないか、と書きました。第5巻のセザンヌに、「感動したことがない」理由は、セザンヌの絵が「巧くない」からではないかとした時は、少々恐怖感さえ覚えました。ところがNHKの日曜美術館を見ていたら、一流の画家である山口晃さんが、「セザンヌは絵が下手」と仰るではありませんか。あんなうれしいことはありませんでした。とにかく全精力を使って書き終えました。一人でも多くの「絵の好きな」方に読んでいただきたいと願っています。
今カナダですが、日本では「エルミタージュ展」をやっているようですね。ボクも訪れましたが、それは素晴らしい美術館です。特にマティスに関しては、世界一と言っても良いでしょう。有名な『ダンス』や『音楽』もありますが、今回来日したと聞く『赤の食卓(赤い部屋/赤のハーモニー)』も、ボクの大好きな作品です。いわゆる現代絵画の中で、マティスが一番好きなのは、見ていると、実に平和で倖せな気分になります。それは彼自身が願っていたことで、「座り心地のよい肘かけ椅子のような絵」だからです。皆さんも浸れるといいですね。
「大エルミタージュ美術館展 世紀の顔・西欧絵画の400年」は、2012年4月25日(水)~7月16日(月祝)、国立新美術館(東京・六本木)で開催。その後、名古屋市美術館、京都市美術館でも開催。