大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る
今秋最大のおすすめ シャルダン展
ボクはまだバンクーバーに居ますが、外国に居ても日本の「西洋美術ブーム」ぶりは、ひしひしと伝わって来ます。インターネットを通じて、フェルメールの「真珠の首飾りの少女」が満員で、落ち着いて見られないという悲しいニュースも知りました。前回書いたように、こうした絵は、ついたり離れたり、別の角度から見たりしたいものです。「立ち止まらないでください」などと言われて見るものではありません。主催者側も、芸術鑑賞という立場から、入場制限(一度にたくさん人を入れない)などの手を打って欲しいものです。
さて芸術の秋ということで、9月以降も立派な特別展がめじろ押しのようですね。人気はゴッホの「糸杉」が見られる「メトロポリタン展」か、日本で人気の高い「エル・グレコ展」でしょう。珍しいという点ではリヒテンシュタイン展も気になります。しかしボクの一押しは、「シャルダン」なのです。詳しいことは、拙著『誰も知らなかった絵画の見かた」(ダイヤモンド社刊)にゆずるとして、このチャンスは逃さないでください。ジャン・シメオン・シャルダンは、時代的に(18世紀)ロココ美術に入れられることが多いのですが、ロココではありません。むしろ百年ほど前の、フェルメールを代表とする17世紀のオランダ風俗画の系統に入れるべきだと、ボクは考えています。
宗教画も歴史画も画かず、ひたすら風俗画と静物画を画いた人です。その魅力は、フェルメールを凌ぐ(?)とさえ言える、何とも言えない静謐さの漂う雰囲気と、色彩、構図のすばらしさでしょう。今回代表作『食前のお祈り』(しかもルーヴルとエルミタージュと2作も)が来るそうです。この人独特のモノトーンのような色彩で表現されたこの名作は、若い母親が幼い娘(男児という説もあり!?)に食前の祈りの文言(グレースという)を言わせているシーンです。幼児はうまく言えていないようです。それを心配気に見る母と姉の目線、ポーズの巧さはどうですか。
そして右手前にある銅製の暖房器に御注目。こうした金属製のものを小道具に使う名人なのです。昨年訪れた西フランスのレンヌで見た「桃の籠とぶどう」も来るそうです。こうした金属を使って、生きたものの温かさを強調します。シャルダンの好きな人も、まだ見たことのない人も、是非行って鑑賞することを勧めます。そして混んで居ないことを祈ります。シャルダンはゆっくり見たい画家ですから――。
「シャルダン展―静寂の巨匠」は、2012年9月8日(土)~2013年1月6日(日)、三菱一号館美術館(東京・丸の内)で開催。