大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る
惹きつけられるラファエロの巧さ
ラファエロ展が上野で始まっています(3月2日~6月2日 国立西洋美術館)。御存知のように、ラファエロは37歳で夭折したので、作品数には限度があります。ヨーロッパ以外でラファエロ展が開かれるのは大変珍しく、一度本物に接したい方は是非訪れてみたら如何でしょう。油絵と素描約20点といいますが、ラファエロは素描も名手で、こちらも見応えがあるでしょう。
ボクは油彩はほとんど見ています。今回の看板である「大公の聖母」は、フィレンツェのピッティ宮殿内のパラティーナ美術館にあります。有名なウフィッツィからアルノ川を渡り、歩いて行けます。ダヴィンチゆずりの伏し目がちの聖母が、幼児キリストを抱いている構図ですが、同じ美術館に、僕がラファエロの最高傑作としている「小椅子の聖母」があります。両方見比べるといいでしょう。こちらは伏し目どころか、大胆にこちらを見ています(両方は貸し出せないから、行くよりないですね)。
同じパラティーナの「エゼキエルの幻視」、ルーヴルから来た「聖ギオルギウスと竜」は、ともにルネサンス時代の、典型的な宗教画です。構図そのものは独特ではないのですが、絵の巧さで見せてくれます。大体ラファエロという人は、ダヴィンチやカラヴァッジョのように、革新的なことをやった芸術家ではありません。むしろ先人の構図などを取りこんだ作品が多いのです。なのに史上最高の評価を得たのは、一にも二にも絵の巧さの故です。
その点ボクが一番興味があるのは、「無口な女(ラ・ムータ」です。これは生れ故郷のウルビーノにあるそうで、見たことがありません。ただラファエロの肖像画が大好きなのです。宗教の枠を超えた時の画家は、自由にモデルの内面に迫ります。この絵のモデルは不明ですが、おそらくウルビーノの貴族の夫人でしょう。「無口な女」とは後世つけられたタイトルですが、きっとこの女性の半生が浮かんでくると思っています。性格は複雑で、表面は無口でおしとやか。でも寝室では逆に奔放で……なんて、今から勝手に想像をふくらませています。
なにしろラファエロは、ボクがベラスケスと並んで、西洋絵画史上最も絵の巧い画家としている人です。素描を含めて、この天才の業(ワザ)の一部でもつかむことが出来たら、行った甲斐があるでしょう。