大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る
美しい絵画の宝庫、ウォレス・コレクション
「ボクのお気に入り美術館ベスト5」の1回目にはフィレンツェのパラティーナ美術館をあげました。2回目はロンドンです。
ロンドンでもフィレンツェと同じことになります。質量ともにダントツの内容を誇るのは、ナショナル・ギャラリーです(バックナンバー「ロンドンに行く機会があったら」を参照)。しかし個人的に好きで、必ず訪れるのが、このウォレス・コレクションなのです。ボンド・ストリートから近く、ロケーションも便利ですが、何といっても統一された内容が良いのです。イギリスの名門貴族の個人的なコレクションなので、好みがキーになります。
断っておきますが、ここにはゴッホもマティスもありません。いわゆるモダンな絵は一枚もないのです。中心は18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパ絵画です。更にしぼれば、ロココ絵画になります。三大巨匠のヴァトー、ブーシェ、フラゴナールは十分に揃っています。ヴァトーの代表作「ジル」(ルーヴル)の家族を画いた「ジルの家族」は珍品ですし、僅か3枚しか残っていないヌード画「化粧室」も必見です。
ブーシェの「エウロペの掠奪」は、これぞロココという絵です。官能性よりも、華やかさを表に出した、これぞロココという傑作ですし、ブーシェは20点以上あります。フラゴナールも揃っていて、初期の傑作(「小さな公園」)から、晩年作の「愛の泉」まで、十分楽しめます。もう一人のロココの巨匠グルーズも最大限に揃っています。処女喪失を描いた代表作「割れた鐘」をはじめ、鳩や犬を抱いた可愛い少女が多勢います。好き嫌いはあるでしょうが……。あとパテール、ランクレ、ナティエ、ヴィジェー=ルブランと、ロココは全部あります。
19世紀の絵画では、夭折した英国のロマン派ボニントンのコレクションが貴重です。ターナーの影響は争えませんが、空の美しさ、色彩の魔術は抜群です。とに角26歳で亡くなっているので貴重です。あとゲインズバラやターナー、ランドシアなどのイギリスの巨匠、ドラクロワやドラローシュなどのフランスのロマン派も見られます。とに角この家の趣味なのでしょう。伝統的な美の表現を重視した美術館で、革新性などは問題にされていません。従ってこの家の趣好に賛同した人々にとっては、癒しの館なのです。
最後に絵画だけでなく、彫刻、武器、家具、陶器などのコレクションもすばらしく、特に陶器はかなり時間を取られます。そして鑑賞に疲れたら、カフェで一息入れて下さい。欧州美術館指折りの食堂ですから。