大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る

マティスの傑作が見られるコペンハーゲン国立美術館

さてこのショート・エッセイのシリーズも10回目、最終回になりました。随分悩みましたが、やはりひとつの都市でひとつづつ選んで来たので、重複は避けたく、北欧に決めました。

北欧(スカンジナビア)3国には、それぞれ優れた美術館がありますが、たった1枚の絵が、ボクをデンマークの首都コペンハーゲンにさせました。それはアンリ・マティスの「マティス夫人(緑の筋のある女性)」でコペンハーゲンの国立美術館にあります。コペンハーゲンは港町として栄えたところですから、街の中心地は今でも海に近い辺りです。ですからこの美術館は、中心地からはかなり離れていて、歩くと30分近くかかります。でも美しい町ですから、気候が良い時なら散歩がてら歩いて行けます。

マティスの傑作は最上階(3階)にあります。前回紹介したティッセンとは逆に、ここは上階ほど現代に近い絵が並んでいます。さてこの作品はそれ程大きな絵ではありませんが、一度見たら絶対に忘れられません。何しろ女性の顔のまん中、つまり鼻の線に沿って、見事に緑色の筋が通っているのです。ある夫人に質問されたマティスの言葉が有名です。「私だってこんな顔を街で見たら仰天しますよ。でもこれは絵なんですよ、奥さん」。

そうマティスは、絵とは対象物の“再現”ではなく、画家のフィクションだと宣言したのです。ピカソのキュビズムが「形態のデフォルメ」だとすれば、マティスらのフォーヴィズムは、まさに「色彩によるデフォルメ」とも言えるでしょう。これはマティス35歳の、いわば初期に属する作品ですが、その斬新性と強烈な表現力は、永久に不滅です。

これを見るだけでも行く価値のある美術館ですが、他にもみものは多くあります。同じマティスの「豪奢Ⅱ」は、のちの「対象の記号化」へのスタートとも言える作品ですし、ドランの「下着姿の女性」は、フォーヴィズムの中で、彼がマティスにつぐ存在だったことを示す作品です。

またここにはルネサンス以降の古典的絵画も納められています。マンテーニャの「天使に支えられるキリスト」は、この人の力量を表わした力強い表現ですし、クラナハの「メランコリー」は、ブリューゲルと共通する北方ルネサンスの倫理観があります。最後にデンマークを代表する画家、ハンマースホイの作品も見られます。“誰も部屋に居ない絵”ですから、すぐに解ります。

これでこのシリーズは終りますが、何か御希望があれば、どうぞリクエストをお寄せください。

世界有数の個人コレクション、ティッセン=ボルネミッサ美術館

賢明な読者はすでに、このショート・エッセイのシリーズが、必ずしも「世界十大美術館」を取り上げているのではない事に、気づいておられる筈です。今回で9回目なのに、ルーヴルもプラドも出て来ないのは変ですものね。そうです、ボクはわざとそうしたのです。それらの大美術館は少なくとも3日くらいかかるからです。もっと小さくて1日あれば全部見られて、内容の充実しているところを取り上げました。大美術館については将来必ず書くつもりです。

という訳で、マドリードに行ったら、プラドの斜め前にあるティッセン=ボルネミッサ美術館を訪れてみましょう。ここは交通の便もよく、簡単に行けますし、ティッセン=ボルネミッサ男爵夫妻のコレクションは、個人のものとしては世界有数です。入場券を買ったら、まずエレベーターで3階へ行ってください。そして年代順に作品を見ながら歩いて降りて来るのです。

3階のルネサンス作品では、何といってもカルパッチオの「風景の中の若い騎士」が見ものです。いくら眺めていても、この絵の意図するところは掴めません。ただ細かく描かれた動植物を見て感心するのもいいでしょう。16世紀初頭のイタリア人画家は、この時期にしては珍しい装飾的な画風です。何回行っても新しい謎(例えば騎士は剣を抜こうとしているのか、おさめようとしているか)にぶつかって楽しめます。

2階では、エル・グレコの「受胎告知」が有名ですが、ボクの好みはムリーリョの「聖母子と聖女ロザリナ」です。17世紀スペインの美女をモデルにした、この人の聖母が可愛いのは有名ですが、ここでは聖女も幼児キリストも可愛いのです。カラヴァッジョの「聖母カタリナ」は、一般の町娘をモデルにしていて、妙な現実感があります。

新しいところでは、断然ピカソの「鏡をもつアルルカン」でしょう。キュビズムを経て新古典主義時代に入ったピカソの代表作と言って良いでしょう。同じ年(1923年)に彼は、アルルカン(イタリア喜劇に出てくる道化師)を3作残しています。パリの近代美術館にあるものは、正面を向いて思いつめたような表情をしています。スイスのバーゼル美術館で見たものは、やや放心したような顔で、斜め上を向いています。そしてこのティッセンのは、鏡を見ながら髪を直している、まさに男のナルシズムですね。尚1階のカフェは改装されて、おすすめです。

ティッセン=ボルネミッサ美術館

幅広いコレクションの、ベルギー王立美術館

ベルギーはボクの好きな国のひとつです。もう何回も訪れていますが、理由は多様な文化に触れることが出来ることと、食べものがおいしい事です。多様というのは、オランダ的な北部と、フランスの影響が強い南部では全く違います。食べものがおいしいのはフランスに近いからで、近年ではオランダに行くにも、宿泊はブリュッセルで、電車で往復することもあります。

美術的にも見逃せない所は沢山ありますが、ひとつをというならやはり、この王立美術館でしょう。理由はここへ行けば、ルネサンスから近代美術まで、非常に幅の広いコレクションを誇っているからです。上階の方は古典中心で、地下へ下ると新らしい美術が見られるようになっています。

古典の方では北方ルネサンスの創始者の一人、ロベール・カンパンの「受胎告知」が重要です。ダヴィンチやボッティチェリの同テーマと比べるとよく解ります。カンパンのそれは背景が、ベルギー(フランドル)の一般的家庭になっています。これはのちのフェルメールに通じる伝統ですね。ブリューゲル(父)の「イカロスの墜落」もここにあります。太陽に近づきすぎて蝋が溶けて海中に墜落するギリシャ神話がテーマですが、いかにもブリューゲルらしい描き方が面白い。周りの人々は全く関心を示さず、日常の生活を続けている事です。

新らしい方では、印象派も見られますが、やはりベルギーの生んだマグリットが注目されます。いわゆるシュールリアリズムですが、この人の画には独特のユーモアがあり、思わず微笑んでしまう作品もあります。傑作は「光の帝国」でしょう。空は真昼の青空なのに、地上では街灯の光が支配している。この「あり得ない」絵の前でしばらく見つめていると、色々な事を考えてしまいます。何よりもポエジーを感じます。

同じベルギー人のデルボーの作品も多いですが、同工異曲が多くマグリットには及びません。この人はいわゆるマザコンで、異様に濃い陰毛の描写は、母への怖れでしょうか。ボクはクノップフの方が謎めいていて、面白いと思います。

ボナール、マティス、ダリなどの作品も見られ、ゴーギャンの「緑のキリスト」は、ポンタヴェン時代の代表作のひとつです。最後に、時間に余裕があれば、電車でヘントまで行き、聖バーフ大聖堂の祭壇画を見てください。エイク兄弟の名作で、北方ルネサンスここに始まれり、です。

ベルギー王立美術館

マティスの「金魚」のあるプーシキン美術館(モスクワ)

ロシアで最高の美術館といえば、問題なくエルミタージュであります。サンクト・ペテルブルグには是非行って欲しいと思います。しかしこうした大美術館は、このシリーズではあえて避けて来ました。理由は余りにも作品が多く、それらをカバーするには、紙数が足りないのです。とはいえこのプーシキン美術館は、エルミタージュと比べてもそれ程遜色はありません。第一モスクワにあるため、日本からの直行便が毎日あります。

たしかにエルミタージュの「マティスの部屋」で味わう、至福の時には及ばないかも知れません。しかしここにある「金魚」の前に10分以上立ってみて下さい。デビュー当時、その激しい色彩使いに「野獣派(フォービスム)」と呼ばれたマティスが、数年後にもうひとつ上の世界に達した記念すべき作品です。おそらくアトリエの一隅にあった、当時流行の金魚を描いたのでしょう。後年にくらべると、それ程記号化されていませんが、対象は平面化され、かなり装飾的になっています。それでいて金魚や花や葉の息が触れて来そうです。そして何ともいえない安穏な気持にしてくれます。これこそ彼の言う「居心地の良い肘かけ椅子」に座った状態なのです。

ピカソの初期の傑作「ボールの上の少女」もいいですね。いわゆる青の時代ですが、この細い少女のポーズは、天才にしか描けません。ゴッホの「赤いぶどう畑」も見逃さないで下さい。これこそゴッホの生前売れた唯一の絵なのです。南仏アルル行きを、親友のロートレックにすすめられたゴッホは、その明るさに驚喜しました。この作品には、その喜びが溢れています。モネ、ルノワール、ドガなど印象派の作品も揃っています。ボクの趣味ではありませんが、ゴーギャンやアンリ・ルソーの作品もあり、特にゴーギャンの「アルルのカフェにて」は、ゴッホとの競作の意味で興味深いです。タヒチへ行く前のゴーギャンは良い!?

18世紀以前の作品も結構あります。フラゴナールと並ぶロココの巨匠ブーシェの「ユピテルとカリスト」のエロティシズムは凄い。万能の神ゼウスが、何と狩の女神ディアナに変身して、美少女カリストに迫るシーンです。ですからこれはレズビアンの絵ではないのですが、妙な倒錯感があります。尚ゼウスの本性は後ろの鷲を見つけて下さい。逆に新しい所ではムンクの「白夜」が面白い。「叫び」と比べて見て下さい。

⇒プーシキン美術館

小さいながら見所いっぱいのフリック・コレクション(ニューヨーク)

「ボクのお気に入り美術館ベスト5」で始めた連載だったが、とても5館では足りないので、シリーズを延長します。

世界一の富める国アメリカには、世界的な美術館がいくつもあります。ニューヨークのメトロポリタン、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーは、その代表でしょう。にもかかわらず、ボクがこの小さな美術館を選んだのは、“趣味だから”という他ありません。このフリック・コレクションは、その名の通りアメリカの鉄鋼王、ヘンリー・クレイ・フリックの個人的コレクションで、その意味ではイギリスはロンドンのウォレス・コレクションや前回のクレラー・ミュラーに似ています。個人の蒐集ですから、その人の趣好や審美眼とボクのそれの波長が合う必要があるのは、いうまでもありません。

フリックの最大のコレクションは、ロココの巨匠フラゴナールの代表作「愛のなりゆき」でしょう。これは4部作で、1915年にフリックは、これを125万ドル(現価にして約1億2800万円!)で手に入れました。それだけでも驚きますが、フリックはこの絵にふさわしいロココ風の部屋、装飾に何と500万ドルをかけたと言います。われわれは現在その雰囲気の中で、この連作――そしてロココの世界に浸れるのです。

意外なことに、ここにはフェルメールが3点もあります。その一枚は「真珠の耳飾りの少女」とともに、珍しい黒バックの作品「女主人と召使」です。召し使いのもつ手紙と二人の表情から、いろいろ想像させる、いかにもフェルメールらしい絵です。一方「士官と笑う娘」は珍しいもの。オランダの風俗画でこのカップルは、通常売春宿の風景なのですが、これはいかにも明るくて、そんな感じはしません。初期作なので、まだ進路に迷っていたのでしょうか?

比較的新しいところでは、ターナーの「モートレイクの公園」(早朝)があります。ターナーはこのシーンを2枚画いていて、もう一方の夕方の絵は、ワシントンD.C.のN・ギャラリーにあります。ニューヨークから近いですから是非行って両方見て下さい。朝と夕方の違いは、「影」でよく解ります。そして夕方の方には、真ん中に犬が一匹居ます。これは展覧会当日、「この絵は何かが欠けている」と言って、親友の動物画家ランドシアが、描いて張りつけたものです。怒ってはがすどころか、ターナーはその上からニスを塗って、固めてしまったそうです。面白い話ですね。尚フリックから通りを横切れば、メトロポリタンです。便利でしょう!!

⇒フリック・コレクション

「夜のカフェテラス」はここクレラー・ミュラー美術館に!

世界中の一流の美術館の中で、最も交通の便の悪いロケーションにあります。普通オランダ・アムステルダムから行くのですが、汽車でアぺルドールンまで行って、バスに乗り換えるのだが、2時間以上かかる。それでもボクは3回も訪れました。また機会があれば行きたいと思う程、すばらしい美術館です。

まず何と言っても、ゴッホの最高傑作が複数見られることです。富豪夫人とは言え、クレラーミュラー夫人の先見性は凄い。まだ今日のような人気のなかったゴッホを高く評価し、作品を買い集めたのです。何と250点以上のコレクションだそうです。ナンバーワンはやはり「夜のカフェテラス」でしょう。黄色と青という補色を用い、パリを離れてアルルで芸術に浸れる喜びを表現した名作です。尚右側の建物も黒く見えますが、これも濃い青で、黒色は使われていません。

ゴッホの心を弾ませたアルルの明るさと、故郷オランダへの郷愁を表出した「アルルのはね橋」も傑作ですし、ゴッホを見るだけでも遠くまで出かける価値があります。

ところがこの美術館は、ゴッホだけではないのです。ここでしか見られない、その画家の代表作が、まだあるのです。象徴主義の巨匠ルドンの「キュクロプス」です。ひとつ眼の巨人キュクロプスは、ニンフ(妖精)のガラティアに恋しています。いろいろな画家がとりあげたテーマですが、ルドン作が傑出しています。山肌に寝ているニンフに気付いたのか、その山からヌッと顔を出す巨人。そのひとつ眼に宿るユーモアとペーソスは、ルドンならではのものです。実はこの美術館は、夫人の遺志で、作品を各国に貸し出すので有名です。独占せず、一人でも多くの愛好家に見てもらおうというのです。ボクは3回行っても見られず、不運を呪っていました。ところがその夏カナダの新聞に、シアトルで「クレラーミュラー展」の広告が載っていました。早速車で駆けつけ、夢を果たしたのです。

その他、スーラの点描主義の代表作のひとつ「シャユ踊り」、同じくシニャックの「朝食」もここで見られます。ピカソが実はロートレックの強い影響を受けた事は、知る人ぞ知るですが、それはここにある「マドリードの女」を見れば一目瞭然です。ゴッホのコレクションで有名になりましたが、ここにはクラナハのようなルネサンスから、デ・キリコやモンドリアンのように現代画家まで、多様な作品をもっています。どんなに不便でも、一度は訪れたい名館と思います。

⇒クレラー・ミュラー美術館

ダヴィンチもあるドイツの名館、アルテ・ピナコテーク

ドイツといえば、首都ベルリンをはじめ、ハンブルグ、フランクフルト、ドレスデンなど、すぐれた絵画館、美術館をもつ都市は多い。しかしボクはあえて「ボクのお気に入り美術館ベスト5」に、南独バイエルンの首都ミュンヘンを選びました。理由はこの街には芸術地区があり、地下鉄で簡単に行ける。取り上げたアルト(旧)の他に、ノイエ(新)、更に近年出来たモダン・ピナコテーク(絵画館)が同じ所に建っています。従ってここに行けば、中世から現代までのすべての絵画を鑑賞できるのです。

何といってもドイツ・ルネサンスが見られます。特に巨匠デューラーの「1500年の自画像」が見ものです。こうした真正面を向いた肖像画というのは、本来イコンのようなキリスト像に限られていました。つまりキリスト生誕1500年という年に合わせ、自らをキリストになぞられたともいえます。自信に溢れた表情と、ドイツ特有の細密画法は見ものです。細密といえば、デューラーと並ぶアルトドルファーの「イッソスの戦い」をはじめとする大作は、15~16世紀の北方ルネッサンスの本質を教えてくれます。

ところが本家イタリアのルネサンスも見逃せません。売りものはダヴィンチの「聖母子」でしょう。モナリザと同様の背景に注目して下さい。スフマートを駆使した技法で、巨匠の世界観がうかがえます。ラファエロの「垂幕の聖母」は若いころの伏し目がちから、最高作「小椅子の聖母」に近づいた重要な作品で、人物で画面の大部分を占めるという、新しいアイデアです。フィリッポ・リッピの「聖母子」のモデルは、破戒の相手、16歳の尼僧ルクレティアです。あの豪華なティツィアーノの晩年、深く沈潜した表現の「荊冠のキリスト」も、ここにあります。

17世紀のオランダ風俗画も沢山あります。フェルメールこそありませんが、隠れた名手、ブラウエルの傑作が見られます。ルーベンスの「レウッキポスの娘たちの掠奪」は、バロック絵画を語るとき、必ず引合いに出される作品です。意外なことに、スペイン絵画も見られ、特にムリーリョの「少年画」に良いものがあります。フランスは、ロココが中心です。ブーシェやフラゴナールの、エロティックな作品は目を惹きます。

最後に大きな美術館ですから、かなり歩きます。疲れたらここのカフェでひと休みがおすすめです。ノイエもすばらしい絵画館ですが、いつか語る時が来るでしょう。

⇒アルテ・ピナコテーク
アルテ・ピアコテークは2014年から17年まで改装工事のため、一部展示が見られません。

ブリューゲルだけではない! ウイーン美術史美術館

第3回は本道を行く。オーストリアの首都ウイーンも、西洋絵画的には最重要の都市です。何と言ってもベルヴェデーレ宮殿があり、そこには「接吻」をはじめ、クリムトの作品が網羅されています。近年出来たレオポルド美術館も、シーレの傑作が沢山あります。しかしひとつと言われたら、この美術史美術館でしょう。中心地から歩いても行けるし、やはりここを訪れるべきです。

何をおいてもピーテル・ブリューゲル(父)が見られます。代表作「雪中の狩人」の前からは、最低15分は離れられません。不漁の漁師の一団が帰宅の途中です。犬もやせています。ところが左端のレストランでは火が焚かれ、おいしそうな肉の匂いが漂って来そうです。思わず漁師に同情したくなりますが、枯木を飛び立った鳥(とんび?)につられて中景に目を移すと、氷った湖で遊んでいる人々が居ます。更に遠景には村落があり、尖った雪山も見えます(オランダにこんな高い山はないのですが、ブリューゲルはイタリア旅行でアルプスを越えているので、写生したのでしょう)。何回見ても飽きない傑作ですが、他にも「農民の踊り」や「結婚式」なども見られます。

同じオランダでも、17世紀の風俗画も必見です。フェルメールは「画家のアトリエ」、デ・ホーホの「子供に乳を与える女」、ステーンの「逆さまの世界」はそれぞれ代表作のひとつです。デ・ホーホの遠近法の見事さが光ります。

イタリア・ルネサンスの名作も多いのは、さすがハプスブルグ王国の力でしょう。ジョルジョーネやティツィアーノの珍しいヌード画(神話画でない)もありますし、ラファエロの「草原の聖母」、ティントレットの「スザンナの水浴」など、代表先も見られます。ただボクのおすすめは、コレッジョの「イオ」です。万能の神ゼウスが、雲に変身して美女イオと交わるシーンですが、その官能性と表現力は必見です。ともに小部屋にあるので見逃しがちですが、カラッチの「キリストとサマリアの女」も大好きな絵です。

比べるとイギリスとフランスの絵画は少ないです。それに絵だけでなく、紋章、家具、彫刻、工芸品も見逃せません。チェルニーニの「塩入れ」など、国宝級です。最後に正面から入って、階段を上るときに注意してください。階段の欄間などの装飾は、クリムトの作です。まず美しさに酔ってください。

⇒美術史美術館

美しい絵画の宝庫、ウォレス・コレクション

「ボクのお気に入り美術館ベスト5」の1回目にはフィレンツェのパラティーナ美術館をあげました。2回目はロンドンです。

ロンドンでもフィレンツェと同じことになります。質量ともにダントツの内容を誇るのは、ナショナル・ギャラリーです(バックナンバー「ロンドンに行く機会があったら」を参照)。しかし個人的に好きで、必ず訪れるのが、このウォレス・コレクションなのです。ボンド・ストリートから近く、ロケーションも便利ですが、何といっても統一された内容が良いのです。イギリスの名門貴族の個人的なコレクションなので、好みがキーになります。

断っておきますが、ここにはゴッホもマティスもありません。いわゆるモダンな絵は一枚もないのです。中心は18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパ絵画です。更にしぼれば、ロココ絵画になります。三大巨匠のヴァトー、ブーシェ、フラゴナールは十分に揃っています。ヴァトーの代表作「ジル」(ルーヴル)の家族を画いた「ジルの家族」は珍品ですし、僅か3枚しか残っていないヌード画「化粧室」も必見です。

ブーシェの「エウロペの掠奪」は、これぞロココという絵です。官能性よりも、華やかさを表に出した、これぞロココという傑作ですし、ブーシェは20点以上あります。フラゴナールも揃っていて、初期の傑作(「小さな公園」)から、晩年作の「愛の泉」まで、十分楽しめます。もう一人のロココの巨匠グルーズも最大限に揃っています。処女喪失を描いた代表作「割れた鐘」をはじめ、鳩や犬を抱いた可愛い少女が多勢います。好き嫌いはあるでしょうが……。あとパテール、ランクレ、ナティエ、ヴィジェー=ルブランと、ロココは全部あります。

19世紀の絵画では、夭折した英国のロマン派ボニントンのコレクションが貴重です。ターナーの影響は争えませんが、空の美しさ、色彩の魔術は抜群です。とに角26歳で亡くなっているので貴重です。あとゲインズバラやターナー、ランドシアなどのイギリスの巨匠、ドラクロワやドラローシュなどのフランスのロマン派も見られます。とに角この家の趣味なのでしょう。伝統的な美の表現を重視した美術館で、革新性などは問題にされていません。従ってこの家の趣好に賛同した人々にとっては、癒しの館なのです。

最後に絵画だけでなく、彫刻、武器、家具、陶器などのコレクションもすばらしく、特に陶器はかなり時間を取られます。そして鑑賞に疲れたら、カフェで一息入れて下さい。欧州美術館指折りの食堂ですから。

⇒ウォレス・コレクション

ラファエロの宝庫、パラティーナ美術館

今回からは新趣向で、「ボクのお気に入り美術館ベスト5」を連載します。これは必ずしも「総合点」でのランキングではありません。あくまでも筆者のお気に入りということです。一応国別に選びました。

まずはパラティーナ美術館をあげます。イタリアはフィレンツェにあります。えっ?ウフィッツィじゃないの?という声が聞こえて来そうです。勿論質・量ともにウフィッツィがトップです。ただウフィッツィは、予約が必要で、急に訪れても入れません。その上いつも混んでいて、群衆とともに行動、となります。その点ここは予約不要ですし、全く混んでいませんので、行ったり来たりも出来ます。その上フィレンツェの中心地から、アルノ河(ヴェッキオ橋)を渡って歩いてゆくのが楽しい。昔は皮職人が店を開いていたそうだが、今は宝石店の並ぶ橋を渡って10分程で、ピッティ宮殿につきます。この宮殿の中にあるのがパラティーナ美術館です。したがって美術だけでなく、15、16世紀の貴族の館が見られるのもここの特徴なのです。

コレクションの中心は勿論ルネサンス期のものですが、特に充実しているのが、天才ラファエロの作品です。多くの聖母子像の中でも、一と言って二と下らない「小椅子の聖母」と「大公の聖母」は、ともにここで見られるのです。この二作品の間には約11年のタイムラグがあるのですが、22歳と33歳の違いは歴然としています。「大公」の方は、伏し目がちの敬虔なマリア、一方の「小椅子」は、しっかりカメラ目線で、挑むような感じさえします。この二作を比べて見られる(行ったり来たりと書いたユエンです)だけでも、この美術館の価値があります。

ラファエロ以外でも名作が見られます。まずフィリッポ・リッピの「聖母子と聖アンナの生涯」。マリアのモデルはリッピの若妻ルクレチアです。ティツィアーノも揃っていますが、何と言っても「マグダラのマリア」が見逃せません。バロックに大きな影響を与えた官能美は、釘づけにされます。ラファエロの後継者ともいうべき、デル・サルトも沢山あります。独創性には欠けますが、アングルに影響した絵の巧さは格別です。ジョルジョーネやカラヴァッジョもありますが、意外なことにルーベンスもあるのです。時間のある方は、王室や陶器館、更に近代美術館も見られますが、ボクはむしろ、パラティーナを行ったり来たりする事をすすめます。

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大橋巨泉

大橋巨泉プロフィール
本名・大橋克巳。早稲田大学政治経済学部新聞学科中退。ジャズ評論家、テレビ構成作家を経て、テレビタレントに転身。『11PM』、『クイズダービー』、『世界まるごとHOWマッチ』などヒット番組を数多く手がけた。1990年。セミリタイヤを宣言し、日本、カナダ、ニュージーランドなどに家を持ち、季節ごとに住み分ける「ひまわり生活」を送る。主な著作に、『巨泉―人生の選択』、『パリ・マドリード二都物語 名画とグルメとワインの旅』、『巨泉流 成功!海外ステイ術』(講談社)、大橋巨泉の美術鑑賞ノート1『大橋巨泉の超シロウト的美術鑑賞ノート』、同2『目からウロコの絵画の見かた』、同3『誰も知らなかった絵画の見かた』、同4『印象派 こんな見かたがあったのか』(ダイヤモンド社)などがある。

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