大橋巨泉のショートエッセイ - 巨泉の本物を見る

ロートレックの淋しさに触れる

昨年はお休みでしたが、今年(2013年)は恒例の5月のヨーロッパ旅行に出かけました。前半をフランス、後半はイタリアが中心でした。フランスはパリ在住の友人、木部春樹夫妻と4人連れです。このご夫婦のお蔭で、フランスの田舎はほとんど廻ったが、いつも楽しい。今回はTGV(新幹線)でボルドーまで行き、そこでレンタカーをしました。

名門ワイナリー、シャトー・オーブリオンを訪れ、サンテミリオン村に一泊してから、進路を南に取る。南仏というとコートダジュールやプロヴァンスを思うでしょうが、この南西部は又独特の文化があります。世界遺産のロカマドールの奇観を楽しんだあと、中世の町サルラに1泊。ここは何とフォワグラ(ボクの大好物!)の産地で、道端にガチョウがうようよしています。そしてフォワグラの安いこと! しばらくはコレステロールのことは忘れました。

そして翌日待望のアルビに向かう途中、モントバンという町に立ち寄りました。ここにはアングルの「ルイ13世の誓い」がある筈です。まっすぐに美術館に向かいましたがありません。聞いてみると近所の大聖堂にあるということでした。(何と拙書『誰も知らなかった絵画の見かた』にそう書いてあるのに!?)。アングルとしては大変古典的作品ですが、その絵の巧さとラファエルへの尊崇がよく表れています。

アルビは当然ロートレック美術館です。ここは初めてで、どうしても行きたかった所です。作品は特別展などでほとんど見ていましたが、改めて彼の天才ぶりに触れました。年代順に見て行って、晩年の「帽子屋の女」の前に立つと、ロートレックの淋しさが伝わってくるようでした。不便な所ですが、あの辺に行ったら是非寄ってみてください。

最後は大好きなモンペリエに2泊。当然ファーブ美術館で、バジールの絵をたっぷり見ましたが、3年前より充実していました。この辺のワインは、ラングドック・ワインといって、シラーが主の荒っぽいワインです。

イタリアは、もう見納めと思い、ウフィッツィ、パラティーナの二大美術館をじっくり歩き、カルミネ教会でマザッチョにお別れを告げて来ました。そしてシエナに足を延ばし、「世界一の広場」に感動しました。ベネツィアでは、12年前に工事中で入れなかったレコニッツォ宮殿に入れました。有名作家のものはありませんが、当時の貴族が画家に画かせた画には、エロもありグロもあり、これで客をもてなしたんだなと感じた次第です。

エディット・ピアフを聞きながら ロートレックを見る

今ヨーロッパ旅行の最中です。実は4月の末に幻冬舎から、『知識ゼロからの印象派絵画入門』という本を出版しました。日本を発ってすぐ、この本がアマゾンの西洋美術部門の第1位になったという報告が入りました。何だかうれしくなって、家内とパリのビストロで乾杯しました。1999年、65歳で西洋絵画に魅せられてから、これで美術の本は7冊目になりました。

何といっても、ダイヤモンド社から上梓した「美術鑑賞ノート」シリーズの5冊が、ボクにとって最大の労作です。このシリーズのために世界中の美術館、教会、修道院などを駆け巡り、どれだけの絵画を見たでしょう。原則として「本物を見なけれが書かない」をモットーとしたからです。中には個人蔵のものもあるので、できるだけ特別展も見るようにしました。従ってこの5冊には、ボクの美術観のすべてが述べられています。

しかし今度の本は少々違います。最初から「知識ゼロからの」という注文があり、切り口も構成も違っていました。ボクだって最初の本を書くまでは「知識ゼロ」でしたから、意外に簡単にこの構成に入って行けました。たとえばドガの踊り子の絵を見るのに、どんな曲をかけたら良いか。ナット・キング・コールの「バレリーナよ踊れ」をはじめ、随分かけました。しかしぴったりだったのは、美空ひばりの「越後獅子の唄」でした。ルノワールの画を一緒に見る女優さんは、クローデット・コルベールになりました。注文に乗って書いているうちに、だんだん乗って来て、意外な人や曲が出て来たのです。

そして今回初めて訪れたトゥールーズ・ロートレックの、アルビにある美術館――実は少々心配だったのです。ボクは一緒に見る女性は、エディット・ピアフ、曲は「バラ色の人生」と書きました。ピアフはロートレックの死後生まれたので、二人は会っていません。しかし152センチの画家と143センチの歌手、二人がもし出会っていたら――とまで書いたのです。あの小さな体からふり絞るようなピアフの歌を、さらりと受けとめて、どうやって描いたでしょうか。ボクはひそかにiPodをもちこんで美術館に入りました。娼婦の館を描いた「ムーラン通りのサロンにて」の前では、目頭が熱くなって来ました。やはり芸術は、「知識ゼロ」からが良いようです。ボクの最初からの考え方が正しかったと、妙に納得してアルビを後にしたのです。

惹きつけられるラファエロの巧さ

 ラファエロ展が上野で始まっています(3月2日~6月2日 国立西洋美術館)。御存知のように、ラファエロは37歳で夭折したので、作品数には限度があります。ヨーロッパ以外でラファエロ展が開かれるのは大変珍しく、一度本物に接したい方は是非訪れてみたら如何でしょう。油絵と素描約20点といいますが、ラファエロは素描も名手で、こちらも見応えがあるでしょう。
 ボクは油彩はほとんど見ています。今回の看板である「大公の聖母」は、フィレンツェのピッティ宮殿内のパラティーナ美術館にあります。有名なウフィッツィからアルノ川を渡り、歩いて行けます。ダヴィンチゆずりの伏し目がちの聖母が、幼児キリストを抱いている構図ですが、同じ美術館に、僕がラファエロの最高傑作としている「小椅子の聖母」があります。両方見比べるといいでしょう。こちらは伏し目どころか、大胆にこちらを見ています(両方は貸し出せないから、行くよりないですね)。
 同じパラティーナの「エゼキエルの幻視」、ルーヴルから来た「聖ギオルギウスと竜」は、ともにルネサンス時代の、典型的な宗教画です。構図そのものは独特ではないのですが、絵の巧さで見せてくれます。大体ラファエロという人は、ダヴィンチやカラヴァッジョのように、革新的なことをやった芸術家ではありません。むしろ先人の構図などを取りこんだ作品が多いのです。なのに史上最高の評価を得たのは、一にも二にも絵の巧さの故です。
 その点ボクが一番興味があるのは、「無口な女(ラ・ムータ」です。これは生れ故郷のウルビーノにあるそうで、見たことがありません。ただラファエロの肖像画が大好きなのです。宗教の枠を超えた時の画家は、自由にモデルの内面に迫ります。この絵のモデルは不明ですが、おそらくウルビーノの貴族の夫人でしょう。「無口な女」とは後世つけられたタイトルですが、きっとこの女性の半生が浮かんでくると思っています。性格は複雑で、表面は無口でおしとやか。でも寝室では逆に奔放で……なんて、今から勝手に想像をふくらませています。
 なにしろラファエロは、ボクがベラスケスと並んで、西洋絵画史上最も絵の巧い画家としている人です。素描を含めて、この天才の業(ワザ)の一部でもつかむことが出来たら、行った甲斐があるでしょう。

ゴッホの「糸杉」について

いつも皆さんからのフィードバックを、楽しみにしています。今回はその中から、ゴッホの糸杉について書いてみたいと思います。ゴッホについてというリクエストも沢山いただきましたが、それは拙著『人生が楽しくなる絵画の見かた』(ダイヤモンド社刊)に、詳細にわたって書きました(他の画家の約3倍分)ので、そちらを読んでいただければ幸甚です。

生涯貧しかったゴッホは、モデルをやとう金がなく、自然や静物の写生をもとに創作しました。ただその短い人生の中で、時代によって対象物が変ります。有名な『ひまわり』は、アルルで芸術家村を創ろうと希望に炎えていた頃のテーマです。一方この糸杉は、ゴーギャンにその夢を毀されて精神を病み、死の寸前まで行った、サンレミ病院時代によく画かれました。

そしてその最初の作品が、今回来日している、メトロポリタン蔵の『糸杉』で、1889年、死の前年の作です。実はこれが一番明るい『糸杉』なのです。特にバックの空は希望に満ちています。そして大きな糸杉の最上部が、切り取られて“見えない”のは、「可能性」を暗示しているのでしょう。遠景に寒色で描かれた山々は、「不安」の表現だと思います。これがスタートでした。

同じ1889年の『星月夜』は、ニューヨーク近代美術館の至宝です。渦巻く雲、光を放つ月、そしてまたたく星は、「死なないと行けない」場所(世界)なのです。そこと下方の村(生地オランダ?)との間を結んでいるのがこの糸杉です。これは全く写生ではなく、ゴッホの心に浮んだ創作画面だと思います。という事は、この糸杉は、不吉な死の象徴になっているかも知れません。

ところが同じ1889年に画かれた『糸杉のある麦畑』(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)には、まったく死の影は見られません。トーンだけをとっても、『星月夜』が寒色中心なのに対し、これは茶やベージュなどの暖色が主になっています。ゴーギャンやベルナールのいわゆる色面が、ここでは現実上の麦畑とか藪とか石とかになっている。単なる装飾的な色面でなく、確固たる存在物として描かれているのです。そして糸杉は「死の象徴」でなく、生命感あふれる生物になっている。ボクはこれを、ゴッホの代表的名作として挙げることを躊躇しません。そしてゴッホを観る楽しさは、このように作者と語り合えるからなのです。

「メトロポリタン美術館展」は、2012年10月6日(土)~2013年1月4日(金)、東京都美術館(東京・上野)で開催

今秋最大のおすすめ シャルダン展

ボクはまだバンクーバーに居ますが、外国に居ても日本の「西洋美術ブーム」ぶりは、ひしひしと伝わって来ます。インターネットを通じて、フェルメールの「真珠の首飾りの少女」が満員で、落ち着いて見られないという悲しいニュースも知りました。前回書いたように、こうした絵は、ついたり離れたり、別の角度から見たりしたいものです。「立ち止まらないでください」などと言われて見るものではありません。主催者側も、芸術鑑賞という立場から、入場制限(一度にたくさん人を入れない)などの手を打って欲しいものです。

さて芸術の秋ということで、9月以降も立派な特別展がめじろ押しのようですね。人気はゴッホの「糸杉」が見られる「メトロポリタン展」か、日本で人気の高い「エル・グレコ展」でしょう。珍しいという点ではリヒテンシュタイン展も気になります。しかしボクの一押しは、「シャルダン」なのです。詳しいことは、拙著『誰も知らなかった絵画の見かた」(ダイヤモンド社刊)にゆずるとして、このチャンスは逃さないでください。ジャン・シメオン・シャルダンは、時代的に(18世紀)ロココ美術に入れられることが多いのですが、ロココではありません。むしろ百年ほど前の、フェルメールを代表とする17世紀のオランダ風俗画の系統に入れるべきだと、ボクは考えています。

宗教画も歴史画も画かず、ひたすら風俗画と静物画を画いた人です。その魅力は、フェルメールを凌ぐ(?)とさえ言える、何とも言えない静謐さの漂う雰囲気と、色彩、構図のすばらしさでしょう。今回代表作『食前のお祈り』(しかもルーヴルとエルミタージュと2作も)が来るそうです。この人独特のモノトーンのような色彩で表現されたこの名作は、若い母親が幼い娘(男児という説もあり!?)に食前の祈りの文言(グレースという)を言わせているシーンです。幼児はうまく言えていないようです。それを心配気に見る母と姉の目線、ポーズの巧さはどうですか。

そして右手前にある銅製の暖房器に御注目。こうした金属製のものを小道具に使う名人なのです。昨年訪れた西フランスのレンヌで見た「桃の籠とぶどう」も来るそうです。こうした金属を使って、生きたものの温かさを強調します。シャルダンの好きな人も、まだ見たことのない人も、是非行って鑑賞することを勧めます。そして混んで居ないことを祈ります。シャルダンはゆっくり見たい画家ですから――。

「シャルダン展―静寂の巨匠」は、2012年9月8日(土)~2013年1月6日(日)、三菱一号館美術館(東京・丸の内)で開催。

少女は何処からでも貴方を見ている

『真珠の耳飾りの少女』が日本に来るようですね。おそらく現在世界中で、最も有名な西洋絵画の中の一枚でしょう。またフェルメールの代表作という意味でも、『牛乳を注ぐ女』と、『デルフト眺望』とこの絵の三枚のうちの一枚といって、あまり論争は起らないと思います。

この絵は、オランダはハーグ市にある、マウリッツハウス美術館に所蔵されています。ボクはこの少女に会うために、この美術館に数回通いましたが、ほとんどはアムステルダムから列車で行きました。駅から歩いて行くのですが、なかなか趣きのある街で楽しめます。しかし東京でこの美しい絵を見られる方は、本当にラッキーだと思います。何故なら、他の二枚に十二分の評価と敬意をもちながら、ボクはやはりこの少女の絵こそ、フェルメールの最高傑作と考えるからです。

フェルメールは“謎の画家”とも呼ばれ、その作品には何か謎めいたものが含まれています。しかしそれでもこの絵だけは、特別の「思い入れ」を感じるのは、果してボクだけでしょうか。まず背景が黒であること。この画家は、よく背景に何かを語らせるのに、この絵のバックは真っ黒です(他に黒バックの絵は一枚しかありません)。それはもしこのモデルが彼の本当の娘だとすれば、やはり特別な思いを込めたのではないか(映画では別の解釈でしたが)。背景を黒くすることで、少女の目と、真珠と、半開きの唇に当る光を、際立たせたかったのでしょう。ボクが娘だと思うのは、これだけ美しく画いているのに、官能性が感じられないからです。美しい愛娘の一瞬を永遠なものにしたい、とフェルメールは思った。ちょうど平安時代の僧、遍昭が「天津風雲のかよひぢ吹きとぢよ 乙女の姿しばし止めむ」と詠じたように。空間も時間も全く違う西洋の画家と東洋の詩人が、同じ一瞬を歌ったとしたら、それは芸術の奇蹟ですね。

ボクはいつもマウリッツハウスのこの部屋に入ると、少女を見ます。彼女もボクを見ています。正面に立っても、ボクを大きな瞳で見ています。ちょっと放心したような表情を読み取ろうとしますが、大体は失敗します。そして部屋を出る時、全く違う方向なのに、彼女はまだボクを見ているのです。嘘だと思ったら、やってごらんなさい。

「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」は、2012年6月30日(土)~9月17日(月・祝)、東京都美術館(東京・上野)で開催。その後、神戸市立博物館(神戸市)でも開催。

人生最大の達成感

ボクの78年の人生の中で、最大の達成感を味わっています。それは最高視聴率を取ったことでもなければ、クラブチャンピオンになったことでもありません。ダイヤモンド社から上梓しつづけていた「大橋巨泉の美術鑑賞ノート」シリーズ5巻が完成したのです。5年前にこの「大それた」執筆を始めた時も、実は完走する自信はありませんでした。すでに70代に入っていましたから、途中であの世に行ってしまう可能性だってありました。

その上、「この眼で見て書く」を宣言していましたので、毎年世界中の美術館、教会、修道院などを廻りました。おそらく今まで出版された書籍の中で、「最も元手のかかっている」本のひとつだと思います。特に第5巻は、もともとこの人について書きたかったゴッホが居たので、何回も同じ美術館に通いました。そしてもしかしたら今までのゴッホ論と違うものが、書けたかもしれません。

とにかく素人のボクが独断と偏見で書いたのですから、他の美術書にない意見も多かったはずです。第1巻のレオナルド・ダヴィンチにしてから、『岩窟の聖母』は、“何かゲームをしている”と思ったり、『受胎告知』に画かれている木は、南太平洋のもので、恐らく本で見たのではないか、と書きました。第5巻のセザンヌに、「感動したことがない」理由は、セザンヌの絵が「巧くない」からではないかとした時は、少々恐怖感さえ覚えました。ところがNHKの日曜美術館を見ていたら、一流の画家である山口晃さんが、「セザンヌは絵が下手」と仰るではありませんか。あんなうれしいことはありませんでした。とにかく全精力を使って書き終えました。一人でも多くの「絵の好きな」方に読んでいただきたいと願っています。

今カナダですが、日本では「エルミタージュ展」をやっているようですね。ボクも訪れましたが、それは素晴らしい美術館です。特にマティスに関しては、世界一と言っても良いでしょう。有名な『ダンス』や『音楽』もありますが、今回来日したと聞く『赤の食卓(赤い部屋/赤のハーモニー)』も、ボクの大好きな作品です。いわゆる現代絵画の中で、マティスが一番好きなのは、見ていると、実に平和で倖せな気分になります。それは彼自身が願っていたことで、「座り心地のよい肘かけ椅子のような絵」だからです。皆さんも浸れるといいですね。

「大エルミタージュ美術館展 世紀の顔・西欧絵画の400年」は、2012年4月25日(水)~7月16日(月祝)、国立新美術館(東京・六本木)で開催。その後、名古屋市美術館、京都市美術館でも開催。

シャガールを見に高知に行こう

美術ファンにとっては大変有難いことですが、近年日本の地方美術館で結構大きな展覧会が開かれています。それらの多くは大きな新聞社などが主催し、東京・大阪などの大都市のあと(先の場合もあり)、地方都市を廻るケースです。今回、高知県立美術館で行われる「シャガール展」も、そうしたケースなのかも知れません。

ボクは昨年高知県の観光特使に任命されたのですが、それは全く違う理由からでした。昨年(2011年)の春、同県を初めて訪れたボクは、カツオのタタキのおいしさに仰天し、それを素直に週刊誌のコラムに書きました。それを読んだ県の方から委嘱され、断る理由もないので、引き受けた次第です。

ただ同じ文章の中で、高知県立美術館が、シャガールの作品を6点も所蔵していることも書きました。長命だったシャガールの作品は玉石混淆です。ボクは比較的初期の作品を評価していますが、日本の県立美術館が、これだけの作品を所有していることを、報告したかっただけです。

ところが今回、ロシアのトレチャコフ及び、国立ロシア美術館から、45点のシャガールの絵が来日して、「シャガール、愛の物語」が催されます。ボクは作品リストを見て興奮しました。愛妻ベラと空を飛ぶ「街の上で」とか、「結婚式」、「散歩」などが入っていたこともそうですが、何よりもユダヤ劇場の壁画が来ることです。シャガールがパリのオペラ座の天井画を画いたことは、誰でも知っています。しかしこの壁画は、壁画作家としてのシャガールの原点と言えます。ボクはまずこの作品を見たいと思いました。

シャガールは必ずしも「絵が名人」でもなければ、「天才」でもないと思います。つまりラファエロ、ベラスケス、ピカソなどと同等の画家ではないのです。むしろ美術史に残る人としては、下手な部類に入るかも知れません。それなのにこれほど人気があるのは、彼の作品から感ぜられる、巧まざる“稚気”ではないでしょうか。すべての芸術に通じることですが、特に難解に陥りやすい前衛絵画には、これが必要な気がします。シャガールの他、ミロやマグリットにそれを感じます。

シャガールについては、ボクの「美術鑑賞ノート」の第5巻(完結編)「人生が楽しくなる絵画の見かた」に書きました。シャガールの鑑賞の一助になれば幸いです。

ロンドンに行く機会があったら

 西洋美術を見たかったら、という質問には普通パリという答が浮かぶと思う。やはりルーヴル、オルセー、ポンピドゥー・センターの三大美術館の存在が大きい。しかしボクに言わせれば、ロンドンも負けず劣らずという所である。理由は一にも二にも、ナショナル・ギャラリーの存在なのだ。ルーヴルには19世紀後半以降の美術は無い。要するに印象派を見たければ、河を渡ってオルセーまで行かなければならない。極端に言えば、2日間以上滞在する必要がある。しかし、ロンドンのナショナル・ギャラリーに行けば、ダヴィンチからゴッホまで一遍に見られる。

 ところが多くの人が、ナショナル・ギャラリー(以下NG)と、大英博物館(ブリティッシュ・ミュージアム)を混同している。勿論後者にも、多くの素描(スケッチ)や版画があり、中には貴重なコレクションもある。しかしここは基本的に博物館であり(そういう意味だとルーヴルもそうである)、やはり見ものは世界各地から集めた(ぶんどった!?)出土品などであろう。対してNGは、純然たる美術館である。

 場所は簡単、有名なトラファルガー広場に面して堂々と立っている。地下鉄でも行けるし(チャリングクロス駅)、タクシーでも安い。入場は無料(寄付金箱が常設されていて、ボクらはいつでも2ポンド程入れる)で、もっと良いのが年中無休(1月1日と、クリスマス休日を除く)であること。これはツアーに入って外国旅行に出かけることの多い日本人には大きなプラスで、これだけでもパリより上位だと思う。

 所蔵作品は書き切れない程、代表作や名作が多い。これは他の有名美術館と違い、(王様や貴族のコレクションではなく)専門家の蒐集で始まったからであろう。到底書き切れないので、各ジャンル(年代別)から、1作ずつ選んで見る。ルネサンスからはヤン・ファン・エイクの「アルノルフィーニ夫妻」。バロックではやはりベラスケスの「鏡を見るヴィーナス」か。巨匠唯一のヌードである。それとクロード・ロランと彼を尊敬していた英国の至宝ターナーの作品が2枚ずつ、ひとつの部屋に飾ってあるのが素晴らしい。英国といえば「父」ホガースの「当世結婚アラモード」もここで見られる。ゲインズバラの「アンドリュース夫妻」、カンスタブルの「乾草車」と、代表作はみなここ。ルノワールの「雨傘」、スーラの「アニエールの水浴」から、ゴッホの「ひまわり」まで全部見られる。

 そしてロンドンにはまだまだ優れた美術館があるのだが、それは次の機会に。

→ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

ゴヤの画は、版画でも素描でも、じっくり見てほしい

人間寿命があるので致し方ないが、画家にも長命な人と、若くして世を去った人と居る。ピカソやシャガールのように、90歳前後まで生きた人も居れば、ルネサンスの真の創始者ともいえるマザッチョや、ドイツ表現主義の中でボクがいちばん好きなマッケのように、20歳代で夭折した画家も居る。そして長命の画家で、晩年まで傑作を画きつづけた人は、極めて少ない。ピカソにしても「ゲルニカ」以降、それを超える作品はないし、モネだって晩年は同じような睡蓮ばかり画いていた。

そんな中で、近代西洋絵画の父というべきゴヤは、70歳を過ぎてから、有名な「黒い絵」シリーズを完成している。「わが子を喰うサトゥルヌス」など、ギリシャ神話に基づいた作品だが、実は人間の欲望や弱さ、愚かさを見事に描き出している。ボクはダイヤモンド社から出している「美術鑑賞ノート」シリーズの第3巻『誰も知らなかった絵画の見かた』の中で、こう書いた。「もしゴヤが三十代で夭折していたら、西洋絵画史のどこにも名前が見当たらなかったと思う」

若い頃はタペストリーの下絵を画いていて、画風は18世紀の主流だった「ロココ」様式であった。それが50歳代になってから「裸」と「着衣」の両マハをはじめ、「カルロス四世の家族」のような傑作を画く。そして60歳を過ぎてから、ボクが史上最高の反戦絵画と主張する「1808年5月3日」を世に出すのだ。この名作の前では、ピカソの「ゲルニカ」も影が薄い。ピカソも知っていたはずだ。彼はゴヤの名作へのオマージュとして「朝鮮の虐殺」を画いている。

ゴヤの画は、じっくり見る画である。同じく晩年にも優れた作品を残したマティスなどは、少し離れて「癒されたい」画家だが、ゴヤの場合は違う。油彩画だけでなく、版画や素描でも、隅から隅までしっかり鑑賞しないと、ゴヤが言わんとしているものを見逃してしまう。「マハ」にしたって、全体から細部まで落ち着いて鑑賞して欲しい。とに角、近代西洋絵画は、この人の筆から生まれたのだから。

「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」は、2011年10月22日(土)~2012年1月29日(日)、国立西洋美術館(東京・上野公園)で開催。

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大橋巨泉

大橋巨泉プロフィール
本名・大橋克巳。早稲田大学政治経済学部新聞学科中退。ジャズ評論家、テレビ構成作家を経て、テレビタレントに転身。『11PM』、『クイズダービー』、『世界まるごとHOWマッチ』などヒット番組を数多く手がけた。1990年。セミリタイヤを宣言し、日本、カナダ、ニュージーランドなどに家を持ち、季節ごとに住み分ける「ひまわり生活」を送る。主な著作に、『巨泉―人生の選択』、『パリ・マドリード二都物語 名画とグルメとワインの旅』、『巨泉流 成功!海外ステイ術』(講談社)、大橋巨泉の美術鑑賞ノート1『大橋巨泉の超シロウト的美術鑑賞ノート』、同2『目からウロコの絵画の見かた』、同3『誰も知らなかった絵画の見かた』、同4『印象派 こんな見かたがあったのか』(ダイヤモンド社)などがある。

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